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アメックスとクレディセゾンの経営戦略

この事件は、新聞、雑誌などがこぞって取り上げたが、どれも伊良部単独でなく、ブラックカードと絡めての扱いだった。あらためてブラックカードへの関心がいかに高いかを示していた。たしかにブラックカードのサービス内容は飛び切りに優れている。しかも、アメックスは、年会費を○八年四月に大幅にアップしたばかりだった。十六万八千円だったものを三十六万七千五百円と二倍以上に引き上げた。試算するとブラックカードの会員が一万人いるとすると、十六万円として十六億円となる。

それだけでも莫大な金額であるが、三十六万円になると、三十六億円になって、さらに安定的な経営が可能になったといえる(高額の年会費を取れれば、それだけで黒字がでるほどの収益源となりうる)。こうしたうま味があるから、各社とも我れ先にとプレミアムカードの発行を始めたといえる。しかも、優良顧客だから、利用率も高く、単価も高いので、カード会社にとってもいうことなしだ。必ず使ってくれて利益を与えてくれる人たちだから、カード会社も力が入るのである。

ただし、クレディセゾンのような年会費無料や永久不滅のポイント制度で売ってきた会社は、貸金業法改正で最も深刻な影響を受けている。同社こそビジネスモデルの早急な転換を迫られているといえる。そのため、○五年に≪セゾン≫プラチナ・アメックスといった年会費二万一千円のプラチナカードを発行して方向転換を図ろうとしたが、それでは間に合わなかった。年会費無料の旗を下ろすわけにはいかないので、次に打つだのが、ノンバンクのオリックスとの提携・統合という奇策だった。年会費無料、ポイント引当金用の莫大な資金をオリックスに肩代わりしてもらうつもりなのだ。

しかし、クレジットカード陣営がクレディセゾンを除いてみな年会費に頼る本道に帰ったからといって経営が一気によくなる保証はない。プレミアムカードでの競争は激しくなるし、アメックスのような大儲けができるとは限らない。それに加えて、もうひとつの脅威である電子マネー対策は手つかずのままだ。今の状態で電子マネーを放置しておくと、クレジットカード陣営はいずれ、電子マネーのバックヤードになってその下僕に転落するのではないか、その危険性があるから、抜本的なところで何とかしなければならないのだった。

プレミアムカードの時代

○八年八月二十日、大阪市北区のガールズバーで酒を飲み、酔ってボトルを投げたり、店長を殴りつけたりした元大リーガー伊良部秀輝(39)が現行犯逮捕された。支払いの時にみせたクレジットカードを店長から「使えない」と断られたのが激高した原因だったそうだが、彼がもっていたのは年会費三十六万七千五百円という「アメリカン・エキスプレス」で最上級のセンチュリオン。チタン製で表面が黒く光っているため「ブラックカード」と呼ばれる。

他社の最上級カードが五万円から十万円の年会費だから飛び抜けて高い。その分、夢のような特典、サービスが数々用意されている。たとえば、もっているだけで、宿泊ホテルの部屋が自動的にランクアップされたり、航空機一機まるごとチャーターできたりする。また、電話一本でほとんどの用件を聞いてくれるコンシェルジュサービスもあり、至れり尽くせりだ。しかし、一般のサラリーマンが欲しいと申し込んでも、アメックス社が年収、職業などの審査で「優良」と判断して、インビテーション(招待)してくれないと絶対に持つことはできない。

審査条件としても年間利用額が一千五百万円以上は必要といわれ、セレブでなければ持てない「幻のカード」なのだ。伊良部が持てたのは、かつて大リーグで、年俸三億~五億円を稼いだ実績があったからで、さらに米国ではニューヨーク・ヤンキースの投手として十分すぎるほどの有名人だったからである。そんな選ばれた人物だったはずなのに、あっさり「使えないよ」といわれたものだから、自尊心が傷ついたのだろう。大暴れして警察沙汰になってしまった。

それにしても、なぜこんなことになってしまったのか。元来この店はアメックスの加盟店ではなかった。場末のガールズバーがアメックスの加盟店になんかなることは難しい。だから、店側とすれば、「アメックスは使えません」と素直に断ったにすぎない。それを伊良部は面子を潰されたと思い、勘違いして大暴れしたのだった。その後に失敗に気付いたようで、三万八千四百円の飲食料金は別のカードで支払ったという。

「年会費」が儲けるポイント

そこで、各社が手を着けだしたのがビジネスモデルの転換である。上限金利引下げで生じた損害を新しいビジネスモデルで何とかカバーしようとしだしたのだ。注目したのは年会費である。これまで利用者の要望に沿うという形で、年会費を無料にしたカードがたくさんでていた。各社が競うように年会費無料カードの発行を行ってきたといっていいだろう。しかし、これは安定的な収益を自ら放棄することを意味していたのだ。カード会社の収益構造は①年会費、②加盟店手数料、③リボルビング払い・ローン金利の三つである。この限られた収益源のうち、これまでは年会費という最も安定的だった収益源を自ら見捨てていたわけだ。

その愚行にやっと気づいたカード各社は、一斉に有料カードの発行を始めた。それも一千三百十二円のレギュラーカードではなく、二万~五万円というプレミアムカードを相次いで発行しだしたのだ。同じ取るなら一気に稼いでしまおうとの狙いで、高額の年会費を設定している。たとえば、ダイナースクラブカードは年会費十万五千円のプレミアムカード(ブラックガード)を発行しているし、JCBはザ・クラス(年会費五万二千五百円)、三井住友カードもプラチナカード(年会費五万二千五百円)、さらにオーエムシーカードも招待制のゴールドカードを発行している。

三菱UFJニコスは年会費二千円という破格のゴールドカードの発行を始めた。年会費は二千円から十万円までさまざまだが、いずれも一般カードにはない、傷害保険、空港ラウンジサービス、コンシェルジュサービスなど、豊富で充実したサービスを備えているのが特色だ。これらのカードの手本になっているのがアメリカン・エキスプレス(アメックス)のセンチュリオン(ブラックカード)の成功である。

電子マネー陣営にはない「強み」

クレジットカード業界は、以上「貸金業法改正」「メガバンクの脅威」「電子マネー陣営の攻勢」の三つの逆風にさらされているが、とくに「電子マネーとの関係」は微妙にみえる。一見するとクレジットカードと電子マネーの両陣営はどちらもキャッシュレス社会の推進を標榜しているわけで、共に手を組む良好な関係にみえるが、実際にはそれほどでもない。最初から危うい関係にあったといえる。とくにクレジットカード陣営は、キャッシユレス化に関してはその道五十年のベテランで、自らが消費者信用分野のリーダーであり、盟主だという自負がある。七~八年前に突如として現れた電子マネーと同列に扱われるのは「心外」と内心思っているはずだ。

クレジットカード陣営の人たちがいつもいうのは信用の問題である。与信(その人の信用力に合わせて適正にお金を貸すこと)の能力かおるかどうかだ。電子マネーとの違いはまさにここにある。スイカやエディはそれぞれ二千万枚、四千万枚も発行されているといっても、これは審査がなく、誰でも持てる、つまり、みなにばらまいているカードで、その利用者は不特定多数だ。そして、これはクレジットカードの利用者とは全く別物なのだ。クレジットカードは信用で裏打ちされている。会員になるには厳しい審査があり、個々の信用情報をとことん調査する。その結果に従って会員にするかどうかを判定している。

また、会員にした場合にはいくらまでのお金を貸すかを判断する。したがって、誰にでもカードを発行しているのではなく、十分に信用があると認められた人に限って発行しており、その見極めのための技術やノウハウは独特のものがあり、五十年間の歳月をかけて蓄えたノウハウがある。それがあるから、これまで繁栄してきたといえる。だから、クレジットカードの会員は、選ばれた人たちであり、カード会社との関係は毎月の利用明細書の送付などで極めて緊密で、濃密といえるのだ。クレジットカードの発行枚数はそれほど伸びないが、顧客との関係を基盤に展開している。

「そうした関係を作るのに長い年月をかけているので、その点て電子マネー陣営と一緒にしてもらっては困る」との自負がある。とくに審査の技術や与信のノウハウについては電子マネー陣営には真似のできない領域といえる。ところが、現実はクレジットカード陣営の思い通りにはいかない。エディやスイカは読取機にかざすだけで支払いができるし、改札の扉があいて入場できる。その使いやすさが異常に受けてたちまちのうちに利用者が激増して躍進している。利用者にとっては、審査の無さが逆に魅力となって映っている。そのためクレジットカード選びの際でも電子マネーのついたものが欲しいとか、どの電子マネーと結び付いているのかが最も重要な基準になり始めている。

つまり、クレジットカードはいつのまにか電子マネーに従うツールになってしまっているのだ。電子マネー次第で選ばれたり、捨てられたりする存在になりつつある。このままではいずれクレジットカードは電子マネーにチャージするだけのものになってしまうだろう。こういう危機感がクレジットカード陣営には満ち満ちているのだ。この従属的な関係を何としても変えなければならないというのが、いまのクレジットカード陣営の悩みであり、願いであり、その妙案がなかなか見つからないのである。

クレジットカード業界「三つの逆風」

その一方で、逆風も強く吹いている。そのひとつが二〇〇六年十二月に成立した「改正貸金業法」であり、それによる規制強化である。多重債務者救済を目的に上限金利二九・二%が二〇%以下に引き下げられたが、その結果、キャッシング、ローンに頼ってきたクレジットカード会社を直撃し、その経営を危うくしている。法律そのものは一〇年に正式に施行されるが、それを待つまでもなく、すでに過払い金返還請求によって、各社とも自己資本比率が低下し、その体力を削がれている。危機的な状況に陥りつつある。

貸金業者の中にはクレディアのように倒産するところやビジネスモデルの破綻を宣言するところもでてきた。とくに消費者金融専業者への影響は大きく、中小規模事業者の多くは、大手への吸収を待つか、撤退するかを迫られている。クレジット業界は、これまでの「ぬるま湯」的状況に浸っていては生き残れないところまで追い込まれた。重大な転換点に立たされている。二つめの逆風が「メガバンク主導による再編」である。

三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループという三大メガバンクを中心としたリテール事業者(カード会社、消費者金融専業者)の獲得競争は最終段階を迎えている。折りからの改正貸金業法の成立もあって、カード会社は、ますます単独では生き残りが難しい状況になってきた。メガバンクの傘下に入って延命するしか道がないようにみえる。そこで、囲い込み、争奪戦争はさらに熾烈になっている。しかし、すべての業者がメガバンク主導でグループ化されることが本当に利用者のためになるかどうかは分からない。

あまりに銀行色が強くなりすぎるのは、これまでの日本の消費者信用業界の伝統を壊すことになり、多様性が失われるように思われる。三つめの逆風が「電子マネー陣営による攻勢」である。JR東日本やトヨタ、イオングループといった大企業が電子マネーに参入して、さらに自社のクレジットカードを絡めて大型提携戦略で、巨大な顧客基盤を作りつつある。これは決済を専業とする既存のカード会社にとっては、大きな脅威となりつつある。JR東日本といった新興勢力とどう付き合っていくべきか、電子マネーに対するスタンスをどうとるべきか、今後の課題になってきた。